魔法の勉強ノート

魔法の研究・実践を記録している勉強ノートです。おもに植物とことばを使った魔法を研究しています。

越木岩物語2 越木岩神社をたずねました。

※このお話は、大変現実と相似したファンタジーであり、フィクションです。

先日の一件
を受けて、行ってきました。越木岩神社。


京都からは電車で約1時間半強。

神社のHPでは、「甲陽園駅」または「凪川駅」から15分とあったけど、駅員さんに聞いたら歩いて行くなら「苦楽園口駅」の方が近いよ。ということで、そちらに向かいました。

平地を抜け、グーグル先生に教えてもらうまま進み、あとは右に行けば、と角を曲がると、ものすごい坂道。

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日本でこういう光景みるのは珍しい。完全に山を切り開いてつくった住宅街のなかに残された神社ということなんだろう。

この光景に、小さい頃の記憶がよみがえる。多分自分が幼稚園児くらいのとき。お母さんに連れられて、こういう感じの新興住宅地のお母さんのお友達の家に行き、そこにいるこどもとおもちゃで遊んだこと。当時、わたしの自宅にはあまりなかった、プラスチックのたくさんのおもちゃや人形に、夢中になった私はお友達のことはあんまりおぼえていない。これが高度経済成長の恩恵に授かった豊かさだ、みたいな時代が本当にあったんだな・・・そこに自分も違う「色み」(カラー)を感じつつも、違和感は覚えなかった。という記憶。

登ってみると、運動不足の私にはなかなかしんどくて、息切れしながら行くと、すごい方向オンチの私は、途中で道を間違えていたみたいで、軌道修正すると、神社の西側の入り口に辿り着いた。

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とりあえず、入ってみてすぐ、ここが越木岩神社の社殿ではなく、本命であるその奥にある磐座(いわくら)の場所だと気づいた。
左手にはお不動さんが見える。本当は、南門から入りたかったんだけどなぁ、、、と思いつつ、お不動さんと目があった手前、何もせずに引き換えるのもなんかアレなんで、まずはここはお参りしようと手を合わせる。

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お不動さんは、石(土)のエネルギーを司ってるように感じ、並んですぐとなりにあるお社は、その地表に綺麗な水が流れていて、これは水の神様だな、と分かった。

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そして、中に進んでいくと、想像よりはるかに大きい磐座がそびえていた。
これはちゃんとお参りしたいと思い、やっぱり南門から入り直そうと、西側の出入り口から出ようとしたら、お不動さんにとめられた感じがしました。
「なにをしてる。細かいことは気にしなくてもいい。ここに会いにきたんだから、ここから参ればいい。」
そう言われた感じがして、「じゃあ・・・」と、そのまま中の方へ引き返しました。

晴天のなか坂道を登ってきた私は若干汗ばむくらい暑さを感じていたのが、この中央を過ぎて東側に足を移した辺りから、急に風が出てきてひんやりとして寒いな・・と感じました。

磐座の東側には3つお社があります。
まず、南向きに2つ並んだお稲荷さん。

 

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ここのお稲荷さんが、なかなか怖いちょっと野犬みたいな感じで、
「なんでもっと早くこなかった。たくさんやることがあるぞ。」
と、ちょっと怒られました。

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怒られたと言っても「憤怒」みたいな感じではなく大切なものに対する「情熱」をしっかり受け取るみたいな感じです。

(※これを書いていて、あらためてなるほど、と思ったのは、「怒られる」というのは、「大切なものがあることを受け取る」ということなんだな。それって実はけっこう嬉しいことなはずだよね。・・・と、余談でした。)

「すみません、そんなに緊急と思わなかったんで・・・」
と言い訳しながらお参り。
お稲荷さんの朱く燃ゆるエネルギー。ここのお稲荷さんは、火を守っておられるんだな、というのを感じました。

そして、このエリアの一番東に西向きに立っているお社を見ますと、中にまるい鏡のようなものがあります。

 

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鏡(かがみ)は、「かがやくみ」をうつすもの。神聖に輝く自分自身を確かめるためのものです。(その逆もしかり)
普通の神社では、鏡は案外奥まっていて、なかなかそこに映る自分というのは見えないので、これなら自分を映せそうかな、と背伸びして覗いてみました。
が、見えるのは、木々の風景。
「あれ・・・?」
そこで気づきました。これは、鏡ではなく、まあるい穴だったのです。

なるほど、これは風の神様です。
こんなお社はじめて見ました。

前述のこのエリアの風と寒さ。風のエネルギーがしっかり守られている証です。

ちなみに、帰ってきていま、越木岩神社のHPを見てみますと、こんなことが書いてありました。

■遥拝所(ようはいしょ)
ここから伊勢神宮・宮中三殿(皇居にある賢所(かしこどころ)、皇霊殿(こうれいでん)、神殿(しんでん)各社)を遥拝できます。

 

ここから伊勢神宮を見渡すための場所、と書かれています。
その意味もあるのかもしれないけれど、この風のエネルギーは明らかだったので、わたしは風の神様がいらっしゃるように思えてなりませんでした。

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西の2つが陰のエネルギーである、「土」と「水」をまもり、東が陽のエネルギーであり、「火」と「風」をまもっておられる。

となると、まんなかの磐座は「空」に違いありません。

____  ◇ ____

※ホツマツタヱによる天地創造のプロセス:

無の状態から、無は、まず、ア(陽)とワ(陰)を生んだ。こうして世界に陰陽が生まれた。
軽いア(陽)は、さらにヲ/ホ(火)と、ウ(空)、セ(風)と分かれ、
重いワ(陰)は、ウヒ(泥)となり、さらにハニ(土)とミツ(水)となった。

____  ◇ ____

 

この磐座は、予想以上に大きく、高さ10mくらいはあるようです。

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そのうえにそびえるように、さらに4倍くらいの大きさの、大きな女の人の姿が感じられました。
きらびやかな柄がほどこされた朱色の着物、というか、現代の着物のようにキュッと帯で縛ってない、Aラインに広がる織姫とかのイメージに近い服を着ている感じがします。とても透明で荘厳な雰囲気です。

これが、和歌姫かな。。?

お参りすると、以前に感じたような緊迫感はすでに全然なく、とても安心しているように思えました。

「お待たせしました。やって来ました。」
ご挨拶すると、にこやかに微笑んでおられます。

穏やかであることは、よいことなのだけれど、わたしは、ここに来たら何か起こるのかな。と軽く想像していました。和歌姫は、ことばの力、色々な呪文を使って、世を動かしていた人です。磐座を保全するのに、なにかしら有効な和歌とか授けられるのかな、とかね、想像しちゃうじゃないですか。
 
でも、
「今日はもうこれでOK。来てくれてありがとう」
という感じしかしません。

「あの、、、わたしけっこう色々珍しいシンクロが重なってここに来たんですけど、、、。わたしは和歌姫のエネルギーの一部を持ってるってことでしょうか?」

と聞いてみると、

「その逆ですよ。いま、あなたはわたしのエネルギーのなかに入っているのです。」

と言われました。
たしかに、このエリア一体に大きくそびえて感じられる和歌姫のなかに小さなわたしが入っているような感じです。

まるで、お釈迦様から逃げて逃げて、どうだこんなとこまできたぞ!と柱に落書きしたら、それはお釈迦様の指だった。という西遊記の1説のよう。。

「このエネルギーのなかを通ってもらうことが大切だった。」
というようなことを言われました。

チョコフォンデュのイメージが浮かびます。または、小学校とかでプールに入るまえに消毒のシャワーを抜けていく、みたいな、一度そこを通ると違うもの(消毒液)をかぶって、そのものをまとった状態になる。というイメージ。でも、消毒液というより、チョコフォンデュのイメージが近いのは、そこを通ることによって、かなり目に見えて質感のあるものをまとう、という感じがしたからです。
とにかく、このエネルギー圏内にどっぷりと入り、通過してもらうことがなによりの今回の目的であり、呼んだ理由だと。。

「ふむ、そうか・・・。」

じゃあ、まあいいか、と思いながら、反時計回りに磐座をぐるっとまわってみます。

行く前にチラっとみたサイトで北の方位を示す石があるとありました。たしかにちょっと尖った部分があります。
一度正面に戻り、ぐるっと廻るときに右側に見えた道を進んでみます。
すると、また小さな祠のような磐座のようなものが見えます。
貴船神社と書いてありました。

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ここは、わりとスッと通りました。
最後に、さらに右奥にあるのが、和歌姫の祀られている磐座と言われています。

 

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これを書きながら、調べてみますと、こんなのが出てきました。

神社のパンフレットでは、甑岩には、市杵島姫大神が祀られているとされている。また、北座には、稚日女尊宮(ワカヒルメノミコト)が祀られているという説がある。
ここで池田仁三氏の興味深い研究がある。池田仁三氏は、コンピュータ画像解析で墓碑や石碑に何が彫られているかを研究されている方である。池田氏は、この甑岩の台座に「稚日女命宮、庚子年九月廿日薨、御年四十七歳」、北座に「稚日女命」と彫られていることをつきとめている。
しかし、これには納得ができない。甑岩は、女陰をかたどっているとも考えられるので良いが、北座の磐座は明らかに男根をかたどったものであり、この北座にワカヒルメを祀るのはありえない。
では、北座には誰が祀られていたのかということになるが、ホツマツタエによるとワカヒルメの夫はオモイカネであり、一つの答えとしてオモイカネが考えられる。

さらに、この碑文は漢字で彫られており、漢字が伝わったのは紀元前後のことである。私は、この磐座はそれよりも古いものと考えているので、碑文を全面的に信用することはできない。
本当にワカヒルメの墓なのかはあやしい。
磐座は人格神の現れる前から存在していたのではないだろうか。

ミステリースポット「越木岩神社の甑岩」より

 私が感じたことで言うと、甑岩で感じた存在と、この北座で感じた存在は、同一とは言わないまでもかなり似たようなエネルギーでした。
イメージでいうと、北座の方がヒルコ:稚日女尊(わかひるめのみこと)(結婚前までの和歌姫の名)または和歌姫、甑岩の方が、成熟してからの和歌姫、または和歌姫が神上がってからの歳徳神みたいな感じ。

磐座の方が高貴で荘厳な女神、という感じで、北座の方は、もうちょっとなんていうか親しみやすく人間っぽい感じ。歳も私と同じかもっと若く、わりとフレンドリー。

いま、これを書きながら、越木岩神社のHPを見てみると、このように書かれています。

甑岩の御祭神は市寸島比売命(イチキシマヒメ)で、女性守護・安産・子授けの神さまとして祀られています。
俗に辨財天と称せられ、音楽や芸術の才能を伸ばし、弁知(知恵)の神、更には縁結びや、財宝をもたらす金運の美女の代名詞である「幸福の女神」、七福神の一として御神徳の高い神さまであることから、子どもの成長や芸能の上達を祈る神さまとしても信仰を集めています。

 そう言われれば、甑岩の方が女性の神という、さまざまな女性の神の集合体みたいな感じで、北座の方が、より個性をもった和歌姫という感じもしなくもありません。この辺は、正直まだ固有名詞で特定するのが難しいです。。
ただ、先日、温泉で私を呼んだのは、北座のフレンドリーな方の存在のようです。けっこう喜怒哀楽がしっかりあって「来てくれてありがとう!」と、抱きついてくる友人のような感じです。
あらためてもう一度聞いてみます。

「呼ばれてきたつもりなのですが、本当にここに来るだけでよかったんでしょうか・・・?」

やはり、とても明るく「これで大丈夫」という感じが返ってきます。

ここで、和歌姫との絆というか縁というかをしっかりと結ぶことが大事だったとか。
これさえあれば、後は、ずっと繋がりが保てるし、起こることは徐々に起こっていく。と。

この神社一体は、もともと山・森であったことが分かるような樹木がたくさん残っている場所です。厳かな雰囲気さえ漂う山のエネルギーをヒシヒシと感じます。帰って、越木岩神社のHPを見ると、天然記念物の社叢林となっているようです。

”社叢林(しゃそうりん)とは神社にある森のことです。六甲山麓唯一の霊地で参道を進めば昼なお暗い森で、学術的にも聖地にしか生息しない樹木(特にヒメユズリハ)が数多く境内は森林浴散策の絶好のポイントです”

ところが、この一番奥の磐座があるところの手前から、ちょっと東を見ると、急に一面灰色の更地となった風景が広がります。

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これが、マンション開発予定地となっている場所のようです。おそらく、この場所も立派な樹木に囲まれた森だったと思われます。このマンション問題の前に、学校が建てられていたので、このような状態になったのは、いまではないとしても、その樹木や草花がすべて失われ、この更地になってしまっていることはとても哀しく残念なことです。
破壊されようとしている磐座も見えました。

 

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そちらには向かえないように、鉄線がはられていたようですが、鉄線はすでに壊れていて、さらに、近くの木が台風か何かで倒れて、滑り台のように、マンション予定地につながっています。行こうと思えばいけそうです。でも、さすがにやめときました。

その後、参道を通って、本殿の方をお参りしました。

 

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こちらは、おそらく、その奥の甑岩をのぞむ場所なのだと思っていたのだけど、何かその甑岩の女神をまもろうとする男性の家臣みたいなエネルギーを感じました。

神社の説明では、蛭子(えびす)さまを祀られているとのことです。

”それまでの磐座(いわくら)祭祀の頃を経て正保年間(1644年頃)に社殿が再建され、明暦2年(1656年)8月16日、円満寺の教順僧侶が「福神」の総本社西宮神社より蛭子大神(ひるこおおかみ)を勧請し、蛭子太神宮と称しました。”

 
和歌姫の幼名ヒルコは蛭児、蛭子とも書きます。日本の古代史を探ろうとすると、あらゆる言葉をひらがなに直すことが基本です。ひらがなで考えることで、見えてくることがたくさんあります。

おそらく、もともとはその奥にある磐座のヒルコ(和歌姫)をお祀りするための社で、でも、ヒルコは日本書紀・古事記が書かれたときにすでに存在を消された人物。支配的な政治をする何者かが、漢字が入ってきたときに蛭子(えびす)と変えられたりしたのではないかと想像できます。

私の想像では、元々は南座の大きな磐座を崇めるためのお社がこちら。で、この蛭子さまというのは、3歳からの幼少期の和歌姫を育てたカナサキにイメージが近いのです。
帰ってから、この本(和歌など何も知らないアマノコトネさんという方がワカヒメとのチャネリングで和歌をおろし、それを和歌が分かる方やホツマに精通している方が読み解いて、物語にしてあるもの)を読んで、



ますます、そんな風に思いました。カナサキは、貝や魚をとりに船で出かけることも多く、鼻が赤く、ほんのり磯の香りがしていた、そして、小さなヒルコ(和歌姫)を、変な顔をして笑わせたりするのです。(秀逸なる和歌の才能をお持ちで、期待をかけ、このクニの未来がかかっているワカヒメをまかされた方でもあります)真偽は分かりませんが、蛭子様として知られている、あの船に乗ったお方は、このカナサキのイメージにぴったりです。

さて、お参りして社務所を見てみると、若い女性2人と若い男性が1人、仲良くお仕事されているようでした。

絵馬のように願いを書いてむすぶものと、持ち帰るようの5色の紐がありました。
甑岩の目の前に、もうひとつお社があったのですが、それが、六甲山社でそれが縁結びの神、「菊理媛神(くくりひめのかみ)」がお祀りされているとのこと。
和歌姫との縁をむすびにきたのだから、これはぴったりです。

 

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五芒星に、それぞれ色がついている。これは、おそらくホツマツタヱにでてくる5大元素のことでは。。。
お願いを記します。わたしから出てきたのは、この言葉。


「ワカヒメと縁をむすび、共に、ことをあらわす おしごとができます。」
(お願いごとは、未然系ではなく完了系で書くようにしてるので、語尾の「ように」は書きませんでした。)

「ことをあらわす」

いつのまにか最近よく出てくるようになったこの表現。色々意味を感じます。

それまで、神社の参拝者は私だけだったのが、そこで、3人の人が社務所の方に向かってやってきました。
本当は、マンション建設のことを聞きたかったのだけど、さすがに突然言い出しにくく、あとでゆっくり聞こうかなと思って、私は横方によけて、願い事を書いていました。

すると、3人のうちのひとりのおばさまが巫女さんに向かって言います。

「あのマンション建設で岩が壊されるっていうことですけど・・・・」

・・・!

わたしも「それ、私も聞きたかったんです」と、早速、話に入ります。

※長くなったので、ここで一度区切り、次回へ。