読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

魔法の勉強ノート

魔法の研究・実践を記録している勉強ノートです。おもに植物とことばを使った魔法を研究しています。

越木岩物語4 お不動さんがしめすこと

さて、11月11日の越木岩神社参拝から帰って来て、次の日の12日、その様子をブログにアップしようと文章を書いていました。
ひとまず、次のステップは、それだと和歌姫も言っていましたことですし。
そのプロセスのなかで、全身に鳥肌が駆け巡りつつ、なんだかニヤっと笑ってしまうような発見をしてしまいます。
 
現地で感じたことと共に、神社側の説明なども正確に書こうと、神社のウェブサイトを参照・引用しながら、このブログを書いていました。
 
最初のお不動さんのところで、神社の説明にはこのようにあります。

f:id:santanoyome:20161213112752j:plain

なぜ、神社に不動明王があるのかと思われる方もおありでしょうが、以前より境内にお祀りされていました。場所は現在の位置より少し南西にありました。
神仏習合の名残か、誰かがこの地に勧請(かんじょう)したのか詳細は不明ですが、ずいぶん以前から鎮座していたようです。しかし、阪神淡路大震災の直前に上半身が切り取られ盗難に遭います。そこで、平成9年に、ご参拝の方から「何とか、元のお姿に・・・」というお声もあり、現在のものに新調し、千葉の成田さんに赴き入魂をしていただきました。今でも、御本体の背後に下半身のみのお姿が残っています。

 

いまより、少し南西・・・。

▼これがいまの配置

f:id:santanoyome:20161211151214j:plain



そこで、ハっとしました。

このお不動さんは、きっと、東の遥拝所と向かい合う位置に、それも現在の南向きではなく、神社の内側、東を向いて建てられていたのでは。
そして、私が入ってきた西の出入口はもともとなかったのでは。

お不動さんの位置が変わったことで、この場の石=土のエネルギーが守られなくなっている。
さらに、元々お不動さんがいたところに出入口ができてしまったので、そこからこの地を安定させるエネルギーが漏れていったり、私がちょうどそうだったように、迷いし者が侵入する、魔の入り口ができてしまっている。

▼想像する元々の配置

f:id:santanoyome:20161213114534j:plain

 

お不動さんの位置を元に戻せば・・・
と思いながら、頭のなかに思い浮かんだ次のこと、

「不動産(ふどうさん)が移動し、元のところに戻っていく」
  (マンション建設しようとしている不動産屋さんが移動(撤退)するかもしれない)

・・・・! 


「ダ・・・ダジャレ・・・・?」
と言いたい気持ちは分かります。
私自身、ちょっと笑いそうになってしまいましたから。。

でもですね、日本の多くの伝統文化、神聖な神事の多くは、ほとんどダジャレのような、言葉と意味の掛け合いでできています。

お社に祀る榊(さかき)は、栄き(さかき)から来ているという説だし、
(さらにいうと、マサカキという木はとても長く生きるからその名前がついたということだけど)
鏡餅に、ゆずり葉や橙(だいだい)の実をあしらうのは、家が代々(だいだい)、譲(ゆず)られ、続いていきますように、という願いからだったり。
食べ物でも、おからを、「カラ(っぽ)」というのは、縁起が悪いので、卯の花と読んだり、スルメも擦るは避けたいので、アタリメと言ったり、日本には古くから、そういう、言葉は言霊として現実に働きかける作用を持っているとする文化があります。

ヲシテ文献にも、そういった物の名や言葉が、その本質や意味といかに強く紐付いていて、それ自体強いエネルギーを持っているのかということがたくさん出てきます。

たとえば、東西南北なんかは、とてもわかりやすくて、
ヲシテでは、東西南北を、キ(東)、ツ(西)、サ(南)、ネ(北)と呼びます。

太陽は東よりキ(起)つ、そして、西にてツ(尽)きる。
南に来ているときがもっともサ(栄)かえており、北にネ(寝)に帰る。

 

現在の呼び方でも、

日は、北(キタ)より、来た(キタ)りて、
日(ヒ)が上す(カス)のが東(ヒガシ)、
太陽が高く上り、皆(ミナ)が見(ミ)る、南(ミナミ)、

日が落ちて煮(ニ)し、沈む(シ)、西(ニシ)、

と。

さらにこれは、植物の繁栄する姿や、お米が炊ける様子とかにまでつながっていたりするのですが、もっと知りたいかたは下記サイトがとても丁寧にまとめてくれてます。

新時代のあけぼの | ホツマツタエのおもしろ記事(17)『東西南北』

さらに知りたい人はこれが入門的。


話が飛びましたが、というわけで、ダジャレというのは、案外、オヤジギャクとけなされるべきではない、大切な日本文化なのです。

さて、とはいえ、この思いつきを、どうすればいいのか。
神社の人に話したところで、そんなダジャレめいた理由で、神様の位置を変えてくれるものか、とても想像しにくいです。。
でも、新たな場所に移動しましょう、というのではなく、元あった位置に戻してみませんか?ということなら聞き入れてもらえなくもないかもしれません。
そのためには、もう少し、その行動を起こさせるに値する、決め手となるものが必要な気がしますが、まずは、神社に電話で尋ねてみることにしました。


(つづく)

※このお話は、大変現実と相似したファンタジーであり、フィクションです。